「神の冬 花の春」第二章の2

  • 2014.11.22 Saturday
  • 15:59
「そう言えば……」
 杉山が言い出したので、季里は緊張した。杉山は、季里たち『仲間』と一緒に、ささやかな冒険をしたことがある。
 けれど、杉山が言ったのは、別の話だった。
「きょうって、水淵先輩の誕生日じゃないですか」
「えっ……」
 映画という、緊張した場から、すっかり日常に引き戻された感覚は、けっして不快なものではなかった。ただ、――そう。ただ、忘れていただけだ。
「季里の誕生日って、十二月二十五日なの?」
 更紗が顔を輝かせる。
「うん。クリスマス・イヴの翌日だから、ふだんは忘れているんだけど」
「それって、本末転倒じゃない? ほんとうは、クリスマスの日がおめでたいんだよ」
「そうかもしれないね」
 季里はうっすらと微笑んだ。
「そうですよ。少なくとも俺たちには、特別な日、です」
 杉山が調子を合わせた。更紗はうなずいた。
「パーティーしなくちゃ。季里の誕生パーティー。季里のお店、貸し切りにできないの?」
「そんな……大げさだよ」
 いままで、誕生日を祝ったことなどなかった。クリスマスは、けっこう客が多い。デートの帰りのカップルや、家よりはちょっとぜいたくができる家族などが、喫茶店『ねむ』を訪れるのだ。季里も、その相手で忙しかった。
 けれど、今年のクリスマスは平日だから、いつもよりは、暇かも知れない……。
 そして更紗は言うのだ。
「ううん。せめて今夜だけでも、お祝いをしましょう。杉山君、手伝ってくれる?」
「いいですね。記念のフィルムを――いや、ビデオを撮りましょう」
「なんだかんだ言って、しっかりビデオにも手を出してるんじゃない」
 更紗が笑う。
「ふたりとも、大げさだってば」
「ううん」
 更紗が首を振った。
「私たちには、特別の日にしたいの。季里の……お兄さん?」
「私は、そう呼んでいるよ。血のつながりはないけれど」
「なんでもいいよ。そのお兄さんに、言ってみよう? ね?」
 更紗はときどき、そう……押しの強い所がある。季里はそう思った。
 けれど、なぜだろう。それが不快には思えないのだ。
「じゃあ、これから相談に行こう? お兄さんの名前は?」
「相沢、紘史【ひろし】」
「うん。分かった」
 不思議な自信に満ちて、更紗は言った。
「きっと、そのお兄さんも、こう言うと思うな」

「季里の誕生日?」
 相沢紘史は眉をひそめた。
「そんな、大げさなものじゃなくていいんです。お店の隅だけでも、ううん、季里の部屋だけでも貸してもらえれば……」
 更紗は頭を下げた。
 喫茶店『ねむ』のカウンターである。
 すると紘史は、さっきの更紗のことばを、聴いていたかのように繰り返した。
「そうはいかないな。うちのひとり娘だ。いいだろう、貸し切りにしようじゃないか」
「ありがとうございます」
 言って、更紗は季里に笑顔を向けた。
「ね。言った通りでしょう」
「ほんとうに、いいの? 紘史兄さん」
 すると紘史は、むすっ、とした顔で答えた。機嫌が悪いわけではない。いつも、この調子なのだ。
「来年の今頃は、試験勉強の真っ最中だろう。季里に関係のある人間が集まれるのは、今年の誕生日ぐらいかもしれないからな。――つけとくさ」
「ありがとう」
 鼻の奥が、つーん、とした。
「だが、うちにはクリスマスツリーがないな」
「俺の出番ですよ、それこそ」
 テーブル席のほうで話を聴いていた陣内が、うなずいた。
「きのう、イヴで使ったツリーやら電飾がある。研究用のモデルだ。持ってきましょう」
 陣内の家は、マニア仕様のオーディオを作っているが、最近は、いろいろ手を広げようとしているらしい。
「あたしは洗い物でもしようかな」
 しっかり陣内と向き合っていた美砂が、口をはさんだ。
「相沢の兄貴。よろしくお願いします」
「食器を壊すなよ」
「あたしは、そんな、がさつじゃないですって」
 美砂は顔をしかめた。
「それじゃ俺は――」
 恭司が言いかけると、更紗が、さえぎった。
「相沢君には、大事な役目があるでしょう」
「俺に?」
 とまどった恭司に、更紗はおごそかな口調で告げた。
「季里を祝う係。それがいちばん、大事なんだから」
「そうだね。更紗、あんたもだよ」
 もう立ち上がって、店の奥からエプロンを持ってきた美砂が、更紗をじっ……と見つめた。
「分かってる。あたし、ちょっと行ってくるね」
 それだけ言って、更紗は店を出て行った。
 その後ろ姿を見つめた、美砂の表情には、わずかに影があった。
「どうしたの? 美砂」
 きいてみると、あいまいに首を振った。
「いや、なんでもないよ」
 何か気になったので、たずねてみようと思ったのだが、美砂は季里の肩をつかんで押した。
「部屋で待ってて。準備ができたら呼ぶからさ」
「あ……うん」
 とまどいながら、季里は部屋へ向かった。
 私服に着替えて、座っていると、ぱらぱらと雨が屋根を叩くような音がしていた。
 窓を開けてみると、それは落葉の散る音だった。トタン屋根の上に、大きな褐色の葉が何枚となくちらばっている。
「冬だね……」
 季里はつぶやいた。
 冬は、きらいだ。亡くなった、実の家族を思い出させるから。
 机にほおづえをついて、季里はぼんやりとした不安を感じながら、いつの間にかうとうとし始めていた。
 ……。
(この章、つづく)
コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM