「神の冬 花の春」第三章の3

  • 2014.12.02 Tuesday
  • 19:32
 『ねむ』に帰ると、お客さんはいなかった。紘史がひとり、暇そうに店番をしている。
「紘史兄さん、変わる?」
 季里の問いに、紘史は首を振った。
「今はいい。夕飯の支度は頼む」
「うん」
 うなずいて、カウンターから住宅のほうへ入ろうとすると、紘史が声をかけた。
「季里」
「なあに」
「いないといないで、なんだか気が抜けるもんだな」
「恭司のこと?」
「他に誰がいる」
「三が日が終わったら、帰ってくるんでしょう」
 季里のことばに、紘史は複雑そうな顔をした。
「どうしたの」
「気のせいなんだが……恭司が戻ってこなかったときのことを考えて、な」
 言われてみると、それもおかしくはなかった。
 恭司は、実の親の許へ帰ったのだ。ここにいることのほうが、『不自然』なのだ。
「わがままは、言えないね」
「ああ」
「だけど私は、恭司が戻ってくる、って思うよ。だって……」
 そこで、季里は絶句した。
『私がここに、いるんだから』
 それは、言えない言葉だった。言ってはいけない、とも思った。
「どうも、雪が降ると、弱気になるな」
 紘史はため息をついて、
「とりあえず、俺たちが心配しなきゃならないのは、この天気だ。あしたの朝は、早起きして雪かき、ってことになるだろうよ」
「そうだね」
 すでに外は、二センチ近く、雪が降り積もっていた。

 その夜、季里は恭司の部屋へ行って、CDラジカセを借りてきた。
 自分の部屋で音楽を聴くのは珍しかった。外があまりに静かすぎて、その静かさに、どうしても我慢ができないのだった。
 遊佐未森の『HOPE』をかけながら、季里は『ミステリー・ウォーク』を読み始めた。
 だが、窓の外で風が吹き抜ける音がして、そのせいで、夜はいっそう深く静かに感じられる。
 ――誰かが窓を叩いたような気がした。
 目を上げて、カーテンを開けたが、誰もいるはずもなく、ただ夜の樹が風に吹かれているだけだ。
 ふっ、と季里は、少し前に、公園で出会った男のことを思い出した。
「あの人、どうしたかな」
 そう、つぶやいた。

 その頃、公園には人影があった。
 ――あの、男だ。
「雪か……」
 自分の肩や、ベンチに座った足に、雪が降りかかるのをなんとも思わないように、男は天を仰いだ。
 水銀灯に、降る雪が照らし出されている。
「耐えられるかな、この雪に」
 男は言って、誰にも分からないことを、また考え始めた。
 ――自分は、誰なのか――。
 答を、風がさらっていくようだった。
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