「神の冬 花の春」第四章の2

  • 2014.12.08 Monday
  • 20:14

 細かく降っていた雪は、午後になって、気温がやや温かくなったからだろう、水気をたっぷり含んだ、重い雪へと変わった。
 幸い、店の前の細い道は、ブルドーザで除雪されていた。商店街が緊急の会議を開いて、土木業者に、出動を頼んだのだった。
 だが、ブルドーザがどけた雪を、持っていく所がなかった。これも緊急で、近所の私立中学のグランドを開けてもらった、というのは後で聴いた。
 商店街の会合で忙しい紘史に変わって、季里は店番をしていた。殆ど、客は来なかった。
 降る雪が、音を吸い込んでしまうのか、外はしん、と静まり返っている。
 エアコンで温められた静かな店内で、季里はつい、うとうとしていた。
 ……ドアチャイムの音に、ハッと目を醒ますと、オーバーを着た美砂と、ダウン姿の陣内が入ってきた。
「やってたんだね、店」
 美砂が笑顔で言う。季里は微笑み返した。
「こんな日には、誰かが温かいものを欲しがって、来るかもしれない、って紘史兄さんが言うから」
「さすがだな」
 陣内が首を振った。
「で、兄貴は?」
「商店街の人たちと、雪対策。紘史兄さん、雪国の生まれだから、頼りにされてるみたい。……どうぞ、座って」
 美砂と陣内は、カウンター席についた。
「何にする?」
「あたしはココアがいいな」
「俺は水出しアイスコーヒー」
 陣内の注文に、季里だけではなく美砂も、信じられない、という顔をした。
「あんた、寒いんじゃなかったの?」
「寒いとも。だから、温かい店内で、冷たいものを飲む。特におかしくはないと思うがね」
「……そうだね。北海道の人は、冬、暖房の利いた部屋で、アイスクリームを食べる……っていうから」
「あたしに言わせれば、みんなどうかしてるよ」
 季里は、お湯を沸かし始めた。
「それより、アンテナは大丈夫か」
 真顔になった陣内がきいてきた。
「アンテナ? テレビの?」
「テレビでもFMでもいいが、この雪だ。受信できなくてもおかしくはない」
「なるほど、電器メーカーの息子の発想だね」
 美砂がうなずいた。
「笑い事じゃないぜ。この雪は、着雪しやすい雪だ。そうだろう、水淵」
「うん」
「まったく、やむ様子もない。となると、真っ先にやられるのが、アンテナと鉄道だ。着雪で、電線がやられたら、俺たち二十世紀の文明人には、何もできなくなる」
「でも、この道は除雪されてるじゃないの」
 美砂が言うと、陣内は首を振った。
「間に合うとは思えないね。出がけに天気予報を見てきたが、雪はもっとひどくなる。人間は、自然にはしょせん、勝てないんだよ」
「月は無慈悲な夜の女王、ってところかね」
 美砂はため息をついて、出されたばかりのココアをすすった。
「まあ、そんなところだ。こうも言い換えられる。――人間は、神の前には無力だ。俺は宗教は信じてないが、家の仕事を手伝っていると、神が与えた試練、逆に恩恵としか思えないことが、ときどきあるんだよ」
「神さま……」
 つぶやいて、季里はハッとした。
「どうしたのさ」
「ううん、なんでもない」
 季里は笑ってみせた。
(今ごろ、更紗はどうしているんだろう)
 陣内の言う通り、人間は、神に対しては、結局、無力なのだと思う。
 では、自分が神さまだ、と言っていた更紗は……。
 それを考えると、季里は、どうしてなのか、とても不安になるのだった。
 雪のせい、かもしれない。
「何か音楽かけてよ、季里」
 美砂が、身を乗り出した。
「あ、うん。何がいい?」
「おすすめで」
 にっ、と美砂は笑った。
 少しの間、季里は考えたが、東京事変のアルバムをかけることにした。
「なんか、空元気が出るような歌だね」
 美砂が言うと、陣内がうなずいた。
「元気のないよりは、空元気のほうが百倍増しだ」
「そう言えば……」
 季里は、さっきから気になっていたことを、きいてみた。
「どうして、ふたりでここに来たの」
「別にふたりで来たわけじゃないよ」
 美砂が、急にそわそわし始めた。
「デート?」
「バ……もう。季里。そういうのはストレートにきくことじゃないよ」
 あたふたしている美砂と対照的に、陣内は冷静そうだった。
「どう思われても、俺はかまわない。ただ、俺たちはバラバラに、図書館のようすを見に来たんだ。あそこは頑丈そうだが、雪対策はしてなそうだったからな」
「森本先生、元気だった?」
「石油ストーブで暖まってたよ」
 ようやく自分を取り戻したようすで、美砂が答えた。
「ただ、建物は埋まりかけてたね。『いざとなったら屋上から出る』って、笑ってた」
「そう」
 季里は、少し、ほっとした。

 その頃、恭司は青森の実家で、テレビを見ていた。
 テレビでは、雪に覆われた東京のようすを放映している。
(季里たち、大丈夫かな)
「日頃から準備をしてないから、このぐらいの雪であたふたすることになる」
 恭司の父親が、むっつりと言った。
「な? 帰ってきてよかっただろう」
「……ああ……」
 本当は、恭司はそんなことを、かけらほども考えてはいなかった。
「なんならこのまま、うちにいていいのよ」
 母親が、リンゴの皮をむいて、持ってきた。
「そうだ、それがいい。部屋は空いている」
「大学がある」
 かろうじてそう答えると、父親は、露骨に顔をしかめた。
「大学なんか、どこへ行っても同じだろう」
 そうじゃない、と言いたかった。なぜなら恭司は……。
「考えてみるよ」
「考えるまでもない。お前は、私の息子だ」
(それが、いやなんだよ)
 恭司は心の中でつぶやいた。
 テレビでは、あいかわらず東京の豪雪が映し出されている。
『この雪、いつまで続くことになるでしょう』
 キャスターにきかれて、気象予報士が答えた。
『まったく予測できない、というのが正直なところです。と言いますのは、局所的に低気圧が居座っていて、この規模である。こういう状態は、データがないんですね。へたをすると、年をまたいでこのまま……ということすら、考えなければならないかもしれません』
「……冗談じゃないぞ」
 口の中で、恭司はつぶやいた。

 そして、雪は、降り続けた――。

(この章、おわり)

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季里メモ:恭司のご両親についてと、なぜ恭司が親許を離れて、東京に来ているのかは、「夏街道」などで何度となく説明したので、ここでは省略してある、とのことです。
 この調子でいきますと、この作品は、ふだんの文庫などの半分ぐらいの量で、終わるかもしれません。早見さんが、気力のあるうちに、いったん最後まで書きたい――ということですので、私には、不満はありません。
 
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