「神の冬 花の春」第5章の2

  • 2014.12.13 Saturday
  • 23:34

 ふたりがテレビを見ていたとき、ふいに、画面には何も映らなくなった。
「アンテナのせいかな。ちょっと見てみよう」
 紘史はスマートフォンのワンセグ放送を見てみた。しかし、そこにも、何も映ってはいなかった。
「少なくとも、うちが原因でないことは、確かだな……」
 紘史は恭司の部屋からCDラジカセを持ってきた。
 ラジオだけは、かろうじて放送されていた。
『……すでに、北区、葛飾区、江戸川区の一部では、停電が広がっており、住民は、不安な夜を迎えております。気象庁の発表によりますと、まだ数日は一日一メートル程度の積雪がある見込みで、都内の全交通機関は、大幅に停止しています。東京都は、近隣の県に協力を求め、また、自衛隊への出動要請を出しておりますが、積雪量が予想を遙かに超えているため、車両の通行は難しく、急を要する世帯へのヘリによる救援も、雪によって天候が荒れているため、極めて困難です。都民の皆さん、出火などにはくれぐれもお気をつけ下さい。繰り返します。現在、東京都内で、四メートルの積雪が観測されております。それに伴い、交通機関は大幅に停止しています。地域によっては、徒歩での買い物や避難は、困難な状態です。東京都は、住民に出かけないよう呼びかけています。また、デジタルテレビの放映や、一部の地域での携帯電話の使用も、できなくなっております』
「こういうときの『一部』は、信用できないな」
 紘史はスマートフォンをかけようとした。
「だめだ。圏外になってる」
「どうして携帯電話が止まるの?」
 季里の問いに、紘史は苦々しそうに言った。
「携帯には基地局というものがあるんだよ。そこが雪にやられると、通信はできなくなる。誰に文句を言っても始まらない。固定電話のほうはどうかな」
 台所の隅にある電話の受話器を、紘史は取り上げ、ボタンを押した。しばらく聴いていたが、諦めたように受話器を置いた。
「お話中だ。みんな、相当、混乱しているようだな」
「四メートルなんて、青森でも、めったにないね」
「まあな。酸ヶ湯の辺りなら、年中行事なんだが、あそこは山だ。街なかでは考えづらいな。とりあえず、電気とガスがあれば、生きていけないことはない」
 紘史は自分の部屋へ行き、何かの道具らしい物を持ってきた。
「電池の充電器だ。今のうちに、できる限り充電しておこう。ガスは、鍋用のカセットコンロがあるはずだ。後は、風呂場に水を溜めておくのもいいかもしれないな」
「水道も?」
「どこかで、水道管が破裂するかもしれない」
 そのときになって、初めて季里の胸に、心配がこみ上げてきた。紘史とふたりで、この冬を乗り越えられるかどうか――。
(恭司、どうしているかな)
 もしここに恭司がいても、事態は、変わらないだろう。けれど、心細くなっているのは、事実だ。
 冬の前には、季里は、無力だった。

 青森でも、紅白歌合戦は中断され、東京の豪雪のようすが中継になった。
「四メートル……」
 恭司は、つぶやいた。
 あの街が、あの店が、あの家が、……季里たちが、雪に埋もれようとしている。それも、『歴史上類を見ない』豪雪に。
 恭司は紘史に、携帯をかけてみた。『おかけになった電話番号は、現在使われていないか、電波の届かない範囲に……』。
「冗談じゃないぞ」
 恭司はつぶやいた。
 念のため、固定電話のほうに、かけてみた。お話中が続くだけだ。
「何をしている」
 気がつくと、父親がこちらを見ていた。
「東京には、友だちがたくさん、いるんだ。心配しないほうがおかしいじゃないか」
「それで、うまく言い抜けたつもりか」
 父親の目は、厳しかった。
「お前を東京にやったのは、紘史のようすを見させるためだ。水淵さん家の娘に……」
「それ以上言ったら、俺にも覚悟がある」
 恭司も父親をにらみつけた。
「汚いよ、父さんも母さんも。季里と俺は、なんでもない。あそこには、俺の新しい家があるんだ。俺はもう、ただの子どもじゃない。ひとりの、人間だ。なんでそれを、分かってくれないんだ」
「生意気な!」
 声と共に、拳が飛んできた。恭司は床に吹っ飛ばされた。
 それでも恭司は、鋭い視線を外さなかった。
「あんたには分からない。永遠に分からない。俺たちはみんな、お互いを必要としているんだ。男女がどうとか、兄弟がどうとか、そんなことは関係ない。俺たちは、新しい家族を作ったんだよ」
 言うなり恭司は、二階の自分の部屋へ入って、鍵をかけた。
 バッグから財布を取り出した。餞別代わりに、紘史がくれた金と、自分の貯金の一部が入っている。青森から東京までの電車賃は、充分にあった。
「父さん。あんたの考えが、全部まちがっている、と思っているわけじゃないんだ。……それでも俺は、行かなきゃいけないんだ。自分のために」
 ダウンジャケットを着込み、帽子をかぶって、ショルダーバッグをたすきにかけて、玄関へ降りた。父親は寝てしまったらしく、物音ひとつ、しなかった。
 静かに戸を開けて、外へ出ると、星が明るかった。青森の積雪は五十センチ程度だ。恭司は表通りへと出て、タクシーを捜した。ようやく捕まると、車内にすべり込んで、運転手に告げた。
「新青森駅まで、お願いします」
「この時間は、新幹線はないですよ」
 津軽弁のイントネーションで運転手が言った。
「分かってます。朝一番から、空いている列車に乗りたいんです」
「どちらまで」
「東京です」
「それなら運休ですよ。東京の雪がひどいせいで」
「どの辺までだったら、行けるでしょう」
「仙台までは、大丈夫そうだけど」
「とにかく、行ってみます。行かなくちゃならないんです」
 恭司は言った。
「まあ、行けなくても、私のせいじゃないからね」
 運転手は、車を走らせた。

(この章、つづく)
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季里メモ:前の節と、この回の頭とでは、つながりが悪くなっています。あとから書いた原稿との間で、まちがいがあったのですけれど、とりあえず、書き上げるため、そのままにしておく……ということです。
 現実の世界も、寒いですね。皆さま、お気をつけて。
 
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