「神の冬 花の春」第四章の2

  • 2014.12.08 Monday
  • 20:14

 細かく降っていた雪は、午後になって、気温がやや温かくなったからだろう、水気をたっぷり含んだ、重い雪へと変わった。
 幸い、店の前の細い道は、ブルドーザで除雪されていた。商店街が緊急の会議を開いて、土木業者に、出動を頼んだのだった。
 だが、ブルドーザがどけた雪を、持っていく所がなかった。これも緊急で、近所の私立中学のグランドを開けてもらった、というのは後で聴いた。
 商店街の会合で忙しい紘史に変わって、季里は店番をしていた。殆ど、客は来なかった。
 降る雪が、音を吸い込んでしまうのか、外はしん、と静まり返っている。
 エアコンで温められた静かな店内で、季里はつい、うとうとしていた。
 ……ドアチャイムの音に、ハッと目を醒ますと、オーバーを着た美砂と、ダウン姿の陣内が入ってきた。
「やってたんだね、店」
 美砂が笑顔で言う。季里は微笑み返した。
「こんな日には、誰かが温かいものを欲しがって、来るかもしれない、って紘史兄さんが言うから」
「さすがだな」
 陣内が首を振った。
「で、兄貴は?」
「商店街の人たちと、雪対策。紘史兄さん、雪国の生まれだから、頼りにされてるみたい。……どうぞ、座って」
 美砂と陣内は、カウンター席についた。
「何にする?」
「あたしはココアがいいな」
「俺は水出しアイスコーヒー」
 陣内の注文に、季里だけではなく美砂も、信じられない、という顔をした。
「あんた、寒いんじゃなかったの?」
「寒いとも。だから、温かい店内で、冷たいものを飲む。特におかしくはないと思うがね」
「……そうだね。北海道の人は、冬、暖房の利いた部屋で、アイスクリームを食べる……っていうから」
「あたしに言わせれば、みんなどうかしてるよ」
 季里は、お湯を沸かし始めた。
「それより、アンテナは大丈夫か」
 真顔になった陣内がきいてきた。
「アンテナ? テレビの?」
「テレビでもFMでもいいが、この雪だ。受信できなくてもおかしくはない」
「なるほど、電器メーカーの息子の発想だね」
 美砂がうなずいた。
「笑い事じゃないぜ。この雪は、着雪しやすい雪だ。そうだろう、水淵」
「うん」
「まったく、やむ様子もない。となると、真っ先にやられるのが、アンテナと鉄道だ。着雪で、電線がやられたら、俺たち二十世紀の文明人には、何もできなくなる」
「でも、この道は除雪されてるじゃないの」
 美砂が言うと、陣内は首を振った。
「間に合うとは思えないね。出がけに天気予報を見てきたが、雪はもっとひどくなる。人間は、自然にはしょせん、勝てないんだよ」
「月は無慈悲な夜の女王、ってところかね」
 美砂はため息をついて、出されたばかりのココアをすすった。
「まあ、そんなところだ。こうも言い換えられる。――人間は、神の前には無力だ。俺は宗教は信じてないが、家の仕事を手伝っていると、神が与えた試練、逆に恩恵としか思えないことが、ときどきあるんだよ」
「神さま……」
 つぶやいて、季里はハッとした。
「どうしたのさ」
「ううん、なんでもない」
 季里は笑ってみせた。
(今ごろ、更紗はどうしているんだろう)
 陣内の言う通り、人間は、神に対しては、結局、無力なのだと思う。
 では、自分が神さまだ、と言っていた更紗は……。
 それを考えると、季里は、どうしてなのか、とても不安になるのだった。
 雪のせい、かもしれない。
「何か音楽かけてよ、季里」
 美砂が、身を乗り出した。
「あ、うん。何がいい?」
「おすすめで」
 にっ、と美砂は笑った。
 少しの間、季里は考えたが、東京事変のアルバムをかけることにした。
「なんか、空元気が出るような歌だね」
 美砂が言うと、陣内がうなずいた。
「元気のないよりは、空元気のほうが百倍増しだ」
「そう言えば……」
 季里は、さっきから気になっていたことを、きいてみた。
「どうして、ふたりでここに来たの」
「別にふたりで来たわけじゃないよ」
 美砂が、急にそわそわし始めた。
「デート?」
「バ……もう。季里。そういうのはストレートにきくことじゃないよ」
 あたふたしている美砂と対照的に、陣内は冷静そうだった。
「どう思われても、俺はかまわない。ただ、俺たちはバラバラに、図書館のようすを見に来たんだ。あそこは頑丈そうだが、雪対策はしてなそうだったからな」
「森本先生、元気だった?」
「石油ストーブで暖まってたよ」
 ようやく自分を取り戻したようすで、美砂が答えた。
「ただ、建物は埋まりかけてたね。『いざとなったら屋上から出る』って、笑ってた」
「そう」
 季里は、少し、ほっとした。

 その頃、恭司は青森の実家で、テレビを見ていた。
 テレビでは、雪に覆われた東京のようすを放映している。
(季里たち、大丈夫かな)
「日頃から準備をしてないから、このぐらいの雪であたふたすることになる」
 恭司の父親が、むっつりと言った。
「な? 帰ってきてよかっただろう」
「……ああ……」
 本当は、恭司はそんなことを、かけらほども考えてはいなかった。
「なんならこのまま、うちにいていいのよ」
 母親が、リンゴの皮をむいて、持ってきた。
「そうだ、それがいい。部屋は空いている」
「大学がある」
 かろうじてそう答えると、父親は、露骨に顔をしかめた。
「大学なんか、どこへ行っても同じだろう」
 そうじゃない、と言いたかった。なぜなら恭司は……。
「考えてみるよ」
「考えるまでもない。お前は、私の息子だ」
(それが、いやなんだよ)
 恭司は心の中でつぶやいた。
 テレビでは、あいかわらず東京の豪雪が映し出されている。
『この雪、いつまで続くことになるでしょう』
 キャスターにきかれて、気象予報士が答えた。
『まったく予測できない、というのが正直なところです。と言いますのは、局所的に低気圧が居座っていて、この規模である。こういう状態は、データがないんですね。へたをすると、年をまたいでこのまま……ということすら、考えなければならないかもしれません』
「……冗談じゃないぞ」
 口の中で、恭司はつぶやいた。

 そして、雪は、降り続けた――。

(この章、おわり)

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季里メモ:恭司のご両親についてと、なぜ恭司が親許を離れて、東京に来ているのかは、「夏街道」などで何度となく説明したので、ここでは省略してある、とのことです。
 この調子でいきますと、この作品は、ふだんの文庫などの半分ぐらいの量で、終わるかもしれません。早見さんが、気力のあるうちに、いったん最後まで書きたい――ということですので、私には、不満はありません。
 

「神の冬 花の春」第四章の1

  • 2014.12.04 Thursday
  • 19:38
第四章(章題未定)

 次の朝、季里はこたつの中で、目が醒めた。
 本を読みながら、眠ってしまったらしい。なんだか少し、だるいような気がした。
 こたつから出ると、部屋の中はぴん、と張り詰めた寒さだった。昨日とは、明らかに違う、冬だった。
 カーテンを開けた。雪が屋根に積もっている。東京では見たことのない、大雪だ。
 着替えをして、DKへと降りた。紘史が腕組みをして、テレビを見つめている。天気予報だった。
『大陸からの湿った低気圧は、勢力を増しながら、首都圏近郊の上空に居座っています。年末年始にかけて、歴史的な豪雪が降る可能性があります』
「もう、遅いんだよ」
 苦々しい、という表情で、紘史が言った。
「どうしたの? 紘史兄さん」
「ドアが開かない。勝手口も、店のドアも。ひと晩で積雪八十センチだそうだ」
「えっ……」
 それは、生まれ故郷の青森でも、あまり起きない、豪雪だった。
 窓の外を見る。たしかに雪は、DKより二段高い勝手口より、ずっと高く積もっていた。そして、――まだ雪が降っている。冷え切った空気がぴんと張りつめて、空も、地面も、白一色だった。
 雪は、空の寒さを表わして細かく、とても速く静かに、地上に落ちてくる。
「どうしよう」
「まあ、二階の窓から出て、物置の雪かきを出して、とりあえず、天井の雪かきだな。東京でこの雪じゃ、建物がつぶれる。あとは、店の側のドアが開くようにしよう。道路はまだ、つぶされていないようだからな」
「私は何をしたらいい?」
「そうだな。とりあえず、朝飯を頼む。俺は庭のようすを見てくるよ」
「――うん」
 他に、できそうなことは、ない。
 季里は冷蔵庫を見た。白菜があったので、それで味噌汁を作ることにした。
 鍋にお湯を沸かしていると、どさっという音と共に、窓の外に紘史が飛びおりて来た。プールの中を歩くようなかっこうで、手で雪をかきながら、物置に向かっていく。苦労して物置へとたどり着くと、扉をしばらくがたがたと揺すっていたが、なんとか開いたようで、中から、先がとがっていなくてプラスチック製の、雪かきを出して、また苦労して、勝手口へと雪をかいて近づいてきた。
 季里が朝食を作って、テーブルに並べてから少し経って、勝手口のドアが開いて、ダウンジャケットを着た紘史が入ってきた。
「支度、できたよ」
「ああ。これから屋根へ登るんだが、先に飯を食おう」
 ふたりはテーブルについた。
「もう八時か」
「お店、開けるつもり?」
「開けられればな」
 紘史の表情は、仕事の顔になっていた。
「かろうじて、車道は通れるようだ。寒いときには、お湯の一杯でも、温かいものが欲しい人が通るんだよ。うちには井戸があるし、いざってときは、ほんとうにお湯だけでも出すのが、喫茶店の役目だろうよ」
 季里はうなずいた。
「私、手伝うね」
「宿題があるだろう」
「お客さんが来なかったら、カウンターで、宿題はできるから。もし、うんとお客さんが来たら、手伝うのは当然でしょう」
「……そうだな」
 紘史が何を考えているのか、季里には分かった。
「青森も、雪かな」
「たぶん、な」
「恭司もたいへんかな」
「向こうは除雪車が回ってくるから、そんなにたいへんじゃないだろう。屋根雪は、気をつけなきゃいけないが」
「……紘史兄さんは、帰省しなくていいの?」
 すると紘史は、季里を見つめた。
「季里。俺の家は、ここなんだよ」
「――うん。私も、ほかに帰る家はないよ」
 では、恭司は……言いかけて、季里は、やめた。
 季里が、わがままを言うことは、できないのだ。
 かろうじて、言った。
「戻ってくるときには、降ってないといいね。雪」
「こういう気持ちは、雪国の人間じゃないと、分からないかもしれないな」
 紘史は苦笑いした。
「まあ、分かってもらうほど、降られても困るが」
「そうだね」
 季里は微笑んで、しかし、何か不安を感じていた。
 いくら異常気象とは言っても、こんなに雪が降るなんて――。
 ひどく、いやな予感がした。
(この章、つづく)
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季里のメモ:雪かき、というものは、知らない方もいらっしゃると思いますけれど、長い木の柄に、プラスチックの大きなシャベルのようなものがついている、雪国には欠かせない、雪かきの道具です。
 他にも、雪かきの道具はいくつかあるのですけれど、困るのは、雪をどこへ持っていくかです……。
 

「神の冬 花の春」第三章の3

  • 2014.12.02 Tuesday
  • 19:32
 『ねむ』に帰ると、お客さんはいなかった。紘史がひとり、暇そうに店番をしている。
「紘史兄さん、変わる?」
 季里の問いに、紘史は首を振った。
「今はいい。夕飯の支度は頼む」
「うん」
 うなずいて、カウンターから住宅のほうへ入ろうとすると、紘史が声をかけた。
「季里」
「なあに」
「いないといないで、なんだか気が抜けるもんだな」
「恭司のこと?」
「他に誰がいる」
「三が日が終わったら、帰ってくるんでしょう」
 季里のことばに、紘史は複雑そうな顔をした。
「どうしたの」
「気のせいなんだが……恭司が戻ってこなかったときのことを考えて、な」
 言われてみると、それもおかしくはなかった。
 恭司は、実の親の許へ帰ったのだ。ここにいることのほうが、『不自然』なのだ。
「わがままは、言えないね」
「ああ」
「だけど私は、恭司が戻ってくる、って思うよ。だって……」
 そこで、季里は絶句した。
『私がここに、いるんだから』
 それは、言えない言葉だった。言ってはいけない、とも思った。
「どうも、雪が降ると、弱気になるな」
 紘史はため息をついて、
「とりあえず、俺たちが心配しなきゃならないのは、この天気だ。あしたの朝は、早起きして雪かき、ってことになるだろうよ」
「そうだね」
 すでに外は、二センチ近く、雪が降り積もっていた。

 その夜、季里は恭司の部屋へ行って、CDラジカセを借りてきた。
 自分の部屋で音楽を聴くのは珍しかった。外があまりに静かすぎて、その静かさに、どうしても我慢ができないのだった。
 遊佐未森の『HOPE』をかけながら、季里は『ミステリー・ウォーク』を読み始めた。
 だが、窓の外で風が吹き抜ける音がして、そのせいで、夜はいっそう深く静かに感じられる。
 ――誰かが窓を叩いたような気がした。
 目を上げて、カーテンを開けたが、誰もいるはずもなく、ただ夜の樹が風に吹かれているだけだ。
 ふっ、と季里は、少し前に、公園で出会った男のことを思い出した。
「あの人、どうしたかな」
 そう、つぶやいた。

 その頃、公園には人影があった。
 ――あの、男だ。
「雪か……」
 自分の肩や、ベンチに座った足に、雪が降りかかるのをなんとも思わないように、男は天を仰いだ。
 水銀灯に、降る雪が照らし出されている。
「耐えられるかな、この雪に」
 男は言って、誰にも分からないことを、また考え始めた。
 ――自分は、誰なのか――。
 答を、風がさらっていくようだった。

「神の冬 花の春」第三章の2

  • 2014.11.30 Sunday
  • 22:34
 図書館から校庭へ出ると、グランドを走っている人影が目に入った。
 バックネットのあたりで立ち止まり、何か叫んでいる。
 それが更紗だと分かったので、季里は本をショルダーバッグに入れて、近づいていった。
 更紗は、また走りだす。
 後を追って、季里はたずねた。
「何をしているの?」
「練習よ」
 足を止めずに、更紗は答えた。
「演劇部の?」
 部活なら、他の選手もいるはずだが……。
「ううん。私個人の練習。私、強くなるの」
「どうして走るの?」
「腹筋を鍛えるためよ。走って、発声練習して、それを繰り返すの」
 更紗のスニーカーが、薄い雪をざくざく踏んで行く。すでに何周かしたのだろう、雪の上には足跡が幾重にも刻まれていた。
「じゃあ、舞台に出るの?」
「そうよ。主役なの。あたしひとりの舞台」
「ひとり芝居っていうこと?」
「そうかもね」
 更紗は笑って、
「すごくいい気分よ、季里。私ね、神さまだったの。今日、思いだしたの」
「神さま?」
「うん。この冬は、あたしのためのものなの。見ててごらん、もうすぐいつもとちがう冬がくるから」
 更紗は楽しそうだった。
 ついて走って、季里は息を切らせた。
「そんなに速く走らないで。私、もう走れない」
「弱い子ね、季里は。でも、あなたは弱い子だから、助けてあげる。あなただけは、生かしておいてあげるからね」
 季里には、更紗の言っていることの意味が分からなかった。何を言っているんだろう。
 けれどもどこかしら、不吉なものがあった。
 走り疲れて、季里は立ち止まり、空を見上げた。
 むらになった灰色の低い雲が覆う空から、雪のかけらが一つ二つ、ひらひらと下りて来る。
 冷たい空気に白い息を吐きながら、更紗はグランドを回り続け、また止まっては、大きな声をあげていた。
「ア、エ、イ、ウ、エ、オ、ア、オ!」
「カ、ケ、キ、ク、ケ、コ、カ、コ!」
 声は鋭い響きとなって、空気に突き刺さっていた。
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季里メモ:ここから先、私がどう行動するかは、まだ、決まっていません。
 すこし、間が空くかもしれませんが、しばらくお待ちください。
 

「神の冬 花の春」第三章の1

  • 2014.11.28 Friday
  • 22:50
●第三章 雪が始まる

 クリスマスに降り出した雪は、十二月二十八日になっても、まだ降り始めていた。
 といっても、積もるほどではない。地面に触れると、消えてしまうのだった。
「じゃあ、行ってくるから」
 駅のホームで、恭司は手を振った。実家の青森に帰るのだ。
 進学を控えて、親と顔を合わせて相談しなければならなかった。恭司は東京で進学するつもりだったが、親は、せめて東北地方の大学にしろ、と言って譲らないのだった。どちらにしても、一度は直接、会って話をする必要がある。そのための、帰省だった。
 見送りに来た季里は、うつむいた。
「……恭司」
「うん?」
「かならず、帰ってきてね。私、もう一度、恭司に会いたい」
「帰ってくるに決まってるだろう」
 恭司は不思議に思った。
「どうしたんだ?」
「ううん、なんでもない。ただ、急に心配になっただけ」
 恭司はそれを、進学についてのことだと思った。
「だいじょうぶだよ。俺は東京にいたいんだ。季里もいるしね」
「うん。ありがとう」
 四両編成の私鉄が、ホームからすべり出すのを見送りながら、季里は自分でもとまどっていた。
 この胸騒ぎはなんだろう。恭司の身に、何か起こるというのだろうか。
 あるいは、季里自身に――?

 駅から直接、季里は学校へ向かった。
 もう年末で、図書館に人の姿はなく、司書の森本先生だけがたいくつそうにカウンターで本を読んでいた。
「本を借りにきました」
 季里が声をかけると、先生はわずかにうなずいた。
「好きなだけ持っていっていいぞ。おまえさんで今年は店じまいだ」
  季里は書庫へ行った。
 天井まである棚の間を歩いて、おもしろそうな本を捜す。一時間近くかけて、選び出したのは次のような本だった。
 ビーグル『心地よく秘密めいたところ』
 フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』
 名木田恵子『ナイトゲーム』
 神林長平『七胴落とし』
 マキャモン『ミステリー・ウォーク』
 レイノルズ『消えた娘』
 選んだ本を持ってカウンターへ行く。
「先生は、何を読んでいるんですか?」
「僕かい?」
 先生は、手にした本の背を見せた。『日本の呪い』とタイトルがあった。
「のろいの本ですか?」
「というか……まあ、民俗学の本だな。世の中に、汚れと祓いがあるという――いや、水淵にはまだ早すぎるかもしれないね」
「けがれ、ってなんですか」
「世の中から追い出されるもののことだよ。社会っていうのは、何かを追い出さなければ保っていけないんだ」
「たとえば、私みたいなもの?」
「おまえさんは別に、追い出されるような存在じゃないだろう」
「でも私は、いつも世の中の外にいるみたいな気がします」
「なるほどな」
 森本先生はうなずいて、
「水淵には『力』があるからね。だけど、自分が特別な人間だとは思っていないだろう」
「はい」
「それに水淵には相沢たちがいる。人は他の人とのつながりがあって、自分もそのつながりの中で生きてるのを知っていれば、ちゃんと社会の一員だ。多少はみ出してたって、気にすることはないさ。――さて、授業はこれくらいにしようか」
「はい。ありがとうございます」
 季里は頭を下げた。

 図書館を出て、季里は足を止めた。
 構内の中では図書館に遠い、野球部のグラウンドで、声がしている。

(つづく)
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季里メモ:今回の原稿では、筆が足りないところがある、と私は思います。いろいろな事情(私の、実の親とか)など、省略しているところがあります。
 けれど、これは第一シーズンの三作目ですし、いくらなんでも、私の親と姉は事故で亡くなって――をくり返しているのもなんだか……なので、この作品では、積極的な理由がなければ、もういいでしょう、というのが、早見さんとご相談の結果です。
 ほんとうに、25年も経って、その続きを書くのはたいへんなようで、前の回では、がまんしかねて、ゲスの極み乙女。を出してしまいました。まあ、それを言ったら、MP3プレーヤも、出せないことになるのですけれど。
 問題は、この後です。


 

「神の冬 花の春」第二章の3

  • 2014.11.24 Monday
  • 22:43
 ……。
「季里。季里?」
 美砂の声に、我に返ると、もう一時間近く経っていた。
「うん……ごめんなさい」
「なに謝ってるのさ。準備ができたよ」
 美砂は、それだけ言って、微笑んだ。
「ねえ、美砂」
「何?」
「夢と現実って、どこがちがうんだろう」
「そうだなあ……」
 美砂は少し考えて、
「たとえば、死ぬほど苦しい目に遭っても、夢なら目が醒めればそこで終わりだよ。でも現実には、たぶん、永遠の苦しみ、っていうものもあるんじゃない? それこそ死ぬまで終わらない、さ」
「そうだね……」
 季里はつい、考えこんだ。
「どうしたのさ、季里。へんな夢でも見た?」
「うん。世界が終わる夢。みんなが……死んでしまうの。私も」
「勝手に殺さないでよ」
 美砂が笑い飛ばした。
「ごめんなさい。きっと、寒かったからだね。寒いのは、きらい」
「あたしは偉そうなこと、言えないけどさ」
 美砂は頭をかいて、
「もし世界の終わりが来ても、あたしは季里のこと、忘れない、って思うよ。相沢や陣内、森本先生や、あんたの兄さんもね。……さ、ほんとに行こう」
「うん」
 美砂がせかすので、季里は、言おうとしていたことばを飲み込んで、部屋を出た。
(私が死んだら、私のこと、忘れて)

 カウンターの奥から店へ出ると、まぶしさに、季里はまばたきをした。
 まるで、映画のフィルターがかかっているような光景だった。店全体に、色とりどりの電球が点いてはまた消え、まん中にはクリスマスツリーが飾られている。電球ではなく、枝そのものが光る仕組みになっているのだ。
「さ、座って。主役が座らないと、パーティーは始められないよ」
 美砂にうながされるままに、季里は中央のテーブルに座った。見回すと、みんな、温かい表情を浮かべていた。
 ……いや、ひとり足りない。
「更紗は?」
 たずねると、恭司が答えた。
「何か思い出したみたいだよ。出ていったままだ。……そろそろ始めよう。遠賀が来たら、また乾杯すればいい」
 言ったとき、ドアベルが鳴って、当の更紗が入ってきた。後ろから、森本先生がのそっ、と姿を現わす。
「よかった、間に合って」
 更紗が顔をほころばせた。
「森本先生を、呼んできてくれたの?」
 季里がきくと、首を振った。
「別の用事があったの。途中で先生のこと思い出して、誘ってきちゃった」
「たまには、外へ出るのも、悪くない」
 森本先生はうなずいた。先生は、図書館の司書になってから、ほとんど外へ出たことがない――らしい。
「それじゃ、始めようか」
 恭司が言い、みんなが季里の周りを取り囲んだ。
 『ハッピーバースデー』を歌い、季里はケーキに立った十七本のろうそくの火を、吹き消した。紘史があぶった鶏肉を切り分け、シャンパンソーダを美砂が注いで回った。絵に描いたような、誕生日だった。
「さあ、後は、陣内の仕切りだね」
 美砂に言われて、陣内が立ち上がった。
「じゃあ、まずは俺から。……おめでとう、水淵」
 小さな包みを、陣内は季里に手渡した。
「開けてみて、いいの?」
「もちろん」
 すました顔で、陣内が答えた。
 包みを開けてみると、中から出てきたのは、本のしおりぐらいの大きさの、箱だった。さらに開けると、何かの機械が入っていた。
「MP3プレーヤだ」
 陣内は言った。
「パソコンを使って、音楽を聴ける。使い方は、兄貴にきいてくれ」
「いいの? こんな――」
「試作品だ。つまり、ただなんだよ」
 平然と陣内は言って、眉を上げた。
「あたしはこれ」
 美砂は、手提げ袋を渡した。温かそうな茶色のマフラーが、入っていた。
「――美砂が編んだの?」
「そこまで器用じゃないよ。前に見かけて、季里には似合うだろうな、と思って、買っておいたんだ。迷惑じゃない?」
「うん。とっても温かそう。ありがとう」
「次は俺かな」
 森本先生は封筒ほどの紙包みをくれた。中からは図書カードが出てきた。
「俺は、これで」
 恭司がくれたのは、ゲスの極み乙女。の新譜だった。
「店じゃなく、部屋で聴けるように」
「あまり、支度する暇がなかったんだけどな」
 紘史が言って、カウンターの奥へ入ると、一杯のコーヒーを淹れて、運んできた。
「コーヒー?」
「お前も、喫茶店の娘だ。そろそろコーヒーが飲めるようになったほうがいい。心配するな。カフェインは入ってない。動悸がすることはないと思うがね」
「……うん」
 季里は、少し気後れがしたが、コーヒーに口をつけてみた。驚くほど香りがよく、ブラックなのに、ほのかに甘かった。
「おいしい……ありがとう」
「いつか、普通のコーヒーが飲めるときがくるさ。慣れだ」
「うん」
 季里は、胸がいっぱいになった。みんな、季里のことを考えてくれる。
「僕は、申しわけないんですけど……」
 ビデオカメラを回していた杉山が、すまなそうに言った。
「映画で金欠なんで、このビデオテープでいいですか。ちゃんと編集して、音楽をつけて渡しますから」
「気にしないで」
 季里は微笑んだ。
「最後は私ね」
 更紗が言って、
「これ……プレゼント」
 恥ずかしそうに、細長い箱を渡した。
 ペンダントだった。銀色の小さな十字架が、鎖にぶら下がっている。
「季里に、似合うと思って」
 恭司たちが、微妙な顔つきになった。
「ありがとう。うれしい、とっても」
 更紗が気を悪くしないように、季里はすぐにペンダントを首から提げた。
「でも、いいの? 高いものじゃないの?」
「角のリサイクルショップで買ったから」
 ふっ、と更紗は笑った。
「私、知ってるんだ。季里って、Kyrie【キリエ】から来ているんでしょう?」
「なんだって?」
 美砂が首をひねる。
「そうだよ、更紗。――あのね、Kyrieっていうのは、『主よ』っていう意味。お母さんが、キリスト教徒だったから」
 口に出すと、少し、胸が痛んだ。
 それでも季里は、笑顔で言うのだった。
「大切にするね。更紗の誕生日には、私から何か贈らせて」
「うん。私こそ、ありがとう」
 言った更紗は、窓の外を見て、歓声を上げた。
「見て、雪!」
 窓の外には、東京では今年初の、粉雪が舞っていた。
 ……店の中の空気が、重くなったようだ。
「どうしたの? みんな」
「なんでもないよ」
 早口に、季里は言った。
 いつかは更紗にも、話さなければならないだろう。自分の過去を。
 けれど、いまは、このままでいい。
「ケーキ、食べるね」
 季里はケーキを口に運んだ。少し、甘すぎるような気がした。みんなは平気で食べているから、これがふつうなのだろう……。
 ケーキを飾っている粉砂糖が、季里には、雪のように見えた。
 窓の外の雪が、風に吹き散らされている――。

(第二章、おわり)

季里メモ:いま、仮に、アニメージュ文庫の2作を、「第一シリーズ」と呼ぶことに、します。
その第一シリーズと、その後の作品での、いちばんの違いは、森本先生の「キャラクター」ではないでしょうか。
いいえ、恭司もずいぶん、違います。
そのよしあしは、私には分かりませんけれど、早見さんの中で、イメージが変わったのだ、と思います。

 

「神の冬 花の春」第二章の2

  • 2014.11.22 Saturday
  • 15:59
「そう言えば……」
 杉山が言い出したので、季里は緊張した。杉山は、季里たち『仲間』と一緒に、ささやかな冒険をしたことがある。
 けれど、杉山が言ったのは、別の話だった。
「きょうって、水淵先輩の誕生日じゃないですか」
「えっ……」
 映画という、緊張した場から、すっかり日常に引き戻された感覚は、けっして不快なものではなかった。ただ、――そう。ただ、忘れていただけだ。
「季里の誕生日って、十二月二十五日なの?」
 更紗が顔を輝かせる。
「うん。クリスマス・イヴの翌日だから、ふだんは忘れているんだけど」
「それって、本末転倒じゃない? ほんとうは、クリスマスの日がおめでたいんだよ」
「そうかもしれないね」
 季里はうっすらと微笑んだ。
「そうですよ。少なくとも俺たちには、特別な日、です」
 杉山が調子を合わせた。更紗はうなずいた。
「パーティーしなくちゃ。季里の誕生パーティー。季里のお店、貸し切りにできないの?」
「そんな……大げさだよ」
 いままで、誕生日を祝ったことなどなかった。クリスマスは、けっこう客が多い。デートの帰りのカップルや、家よりはちょっとぜいたくができる家族などが、喫茶店『ねむ』を訪れるのだ。季里も、その相手で忙しかった。
 けれど、今年のクリスマスは平日だから、いつもよりは、暇かも知れない……。
 そして更紗は言うのだ。
「ううん。せめて今夜だけでも、お祝いをしましょう。杉山君、手伝ってくれる?」
「いいですね。記念のフィルムを――いや、ビデオを撮りましょう」
「なんだかんだ言って、しっかりビデオにも手を出してるんじゃない」
 更紗が笑う。
「ふたりとも、大げさだってば」
「ううん」
 更紗が首を振った。
「私たちには、特別の日にしたいの。季里の……お兄さん?」
「私は、そう呼んでいるよ。血のつながりはないけれど」
「なんでもいいよ。そのお兄さんに、言ってみよう? ね?」
 更紗はときどき、そう……押しの強い所がある。季里はそう思った。
 けれど、なぜだろう。それが不快には思えないのだ。
「じゃあ、これから相談に行こう? お兄さんの名前は?」
「相沢、紘史【ひろし】」
「うん。分かった」
 不思議な自信に満ちて、更紗は言った。
「きっと、そのお兄さんも、こう言うと思うな」

「季里の誕生日?」
 相沢紘史は眉をひそめた。
「そんな、大げさなものじゃなくていいんです。お店の隅だけでも、ううん、季里の部屋だけでも貸してもらえれば……」
 更紗は頭を下げた。
 喫茶店『ねむ』のカウンターである。
 すると紘史は、さっきの更紗のことばを、聴いていたかのように繰り返した。
「そうはいかないな。うちのひとり娘だ。いいだろう、貸し切りにしようじゃないか」
「ありがとうございます」
 言って、更紗は季里に笑顔を向けた。
「ね。言った通りでしょう」
「ほんとうに、いいの? 紘史兄さん」
 すると紘史は、むすっ、とした顔で答えた。機嫌が悪いわけではない。いつも、この調子なのだ。
「来年の今頃は、試験勉強の真っ最中だろう。季里に関係のある人間が集まれるのは、今年の誕生日ぐらいかもしれないからな。――つけとくさ」
「ありがとう」
 鼻の奥が、つーん、とした。
「だが、うちにはクリスマスツリーがないな」
「俺の出番ですよ、それこそ」
 テーブル席のほうで話を聴いていた陣内が、うなずいた。
「きのう、イヴで使ったツリーやら電飾がある。研究用のモデルだ。持ってきましょう」
 陣内の家は、マニア仕様のオーディオを作っているが、最近は、いろいろ手を広げようとしているらしい。
「あたしは洗い物でもしようかな」
 しっかり陣内と向き合っていた美砂が、口をはさんだ。
「相沢の兄貴。よろしくお願いします」
「食器を壊すなよ」
「あたしは、そんな、がさつじゃないですって」
 美砂は顔をしかめた。
「それじゃ俺は――」
 恭司が言いかけると、更紗が、さえぎった。
「相沢君には、大事な役目があるでしょう」
「俺に?」
 とまどった恭司に、更紗はおごそかな口調で告げた。
「季里を祝う係。それがいちばん、大事なんだから」
「そうだね。更紗、あんたもだよ」
 もう立ち上がって、店の奥からエプロンを持ってきた美砂が、更紗をじっ……と見つめた。
「分かってる。あたし、ちょっと行ってくるね」
 それだけ言って、更紗は店を出て行った。
 その後ろ姿を見つめた、美砂の表情には、わずかに影があった。
「どうしたの? 美砂」
 きいてみると、あいまいに首を振った。
「いや、なんでもないよ」
 何か気になったので、たずねてみようと思ったのだが、美砂は季里の肩をつかんで押した。
「部屋で待ってて。準備ができたら呼ぶからさ」
「あ……うん」
 とまどいながら、季里は部屋へ向かった。
 私服に着替えて、座っていると、ぱらぱらと雨が屋根を叩くような音がしていた。
 窓を開けてみると、それは落葉の散る音だった。トタン屋根の上に、大きな褐色の葉が何枚となくちらばっている。
「冬だね……」
 季里はつぶやいた。
 冬は、きらいだ。亡くなった、実の家族を思い出させるから。
 机にほおづえをついて、季里はぼんやりとした不安を感じながら、いつの間にかうとうとし始めていた。
 ……。
(この章、つづく)

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